2008年01月08日

0228『大人のための読書法』

★★★3
大人のための読書法 (角川oneテーマ21)
大人のための読書法 (角川oneテーマ21)
和田 秀樹

膨大な著書を書かれている和田氏の読書法。
本は買え。自由度を保つために、一冊の本のはじめから終りという手順に縛られるな、というところは気に入った。
けれどもそれは、結局は「自分を読む」ことに終始することになり、「他者を読む」ことには永遠に辿り着かないのかもしれない。

この頃また、自分と他人について考えている。
孤独とか、他者に辿り着けるかとかは、高校、大学時代の思考のテーマだったように思う。

iTunesや読書記録やなんかは、結局のところ、自分を軸とした世界の定点観測でしかない。
人は、その自分中心の世界しか見れないのではないか。
軸をずらすことなど、できはしないのではないか?

流行っていた「自分探し」というのも要は軸を通しての世界を見渡すことでしかなく、世界に無数にあるメニュー、無数にあるインデックス、無数にあるニュース、無数にある作品群、それらを「自分」にくぐらせて、何が見えるかを考えるだけのことではなかったか。
世界中に様々なコンテンツが存在し、それらすべてを消費できるわけではない僕らは、それでは生涯自分探しを完了させられるはずもなく。

道は、ふたつだ。
ひとつは、
他者には辿り着けない、あるのは自分だけ。
他者はどうにもならない、変えられるのは自分だけ。
というふうに考えて、自分を豊かにしていくことだ。
もしかしたら、ニーチェが言った「超人」って、こういうこと?

もうひとつは、いや、他者につながる道が何かあるはずだ。
ヨガ、スピリチュアル、自然がそのヒントかもしれないし、インターネットの中の集合無意識にひたるのもいいかもしれない・・・。

僕は今、自分の腑に落ちる何ものかを探し求めている・・・。

 自己愛が強いというのは、わかりやすくいえば「プライドが高い」ということである。こういう人は、自分の失敗やミスを必要以上に怖れたり、自分のやることはすごく良くなければならないと思っている。だから完璧にできないものは、必要なことでもつい後回しにしてしまう。現実には優先してやるほかのことに全ての力を注ぐので、完璧にできないことは結果としてやらないことが多くなるわけである。要するに、やるかやらないかの二者択一をしているようなもので、オール・オア・ナッシングになってしまう危険性があるのだ。
 かつて私が本を読めなかったのは、一つにはこんな理由があったからだろう。一冊全部、全ページを読むのが苦痛で仕方がないので、初めから読むことを放棄していたのである。また、そのことが「自分に能力がないせいである」と認めたくなかった。そのため「そもそも読書にはそれほど価値がない」と思い込むことでプライドを保っていた節がある。(p57)
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