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色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年 (文春文庫) - 村上春樹 世界はそんなに簡単にでんぐり返りなんかしません、と灰田は答えた。でんぐり返るのは人間の方です。そんなものを見逃したところで惜しくはありません。(p76)
単行本版で読んだ。(ので、引用ページは単行本による。)
長い間積ん読していた。
2017年の3月に読了したものを、今ごろになって投稿する。
記憶が定かではないが、「女のいない男たち」よりも先に、こちらを読み終えて、村上春樹に「戻って」いったのだと思う。
彼は混乱させられることに馴れていない。定められたフィールドの中で、定められたルールに従って、定められたメンバーと行動するときに、彼の真価が最も良く発揮される。(p166)
年齢も近い主人公。小説の「入り」も冷たい感触の無感情なところから。
小説の流れと、小説や物語の世界へ還ってくる自分の状態が重なって、その時の自分にとって最良の読書状態になったと思う。
なぜ自分がその集団からはずされたのか?
ミステリーのように、スリリングに過去に迫っていく。
沙羅さんという女性にどうしようもなく惹かれていく主人公の恋心にああまで共感できたのも、そういう土台作りがしっかりしたからだったかと思う。
示唆に富み、30代半ばを過ぎようとしていた自分にとって、最高の一冊だったと思う。
小説のラストで、僕は風の歌を聴き、どこかわからない場所へ電話をかけようとしていた。
これらは、村上春樹の過去の作品への言及もばっちり。
"だいぶすたれた村上春樹ファン"としても楽しめた。
人生は複雑な楽譜のようだ、とつくるは思う。十六音符と三十二分音符と、たくさんの奇妙な記号と、意味不明な書き込みとで満ちている。それを正しく読み取ることは至難の業だし、たとえ正しく読み込まれてたとしても、またそれを正しい音に置き換えられたとしても、そこに込められた意味が人々に正しく理解され、評価されるとは限らない。それが人を幸福にするとは限らない。人の営みはなぜそこまで入り組んだものでなくてはならないのだろう?(p343)