2016年01月31日

0917『旅の途中』

★★★3
旅の途中 -
旅の途中 - スピッツ

バンド結成から20周年までの、メンバー4人の赤裸々な記録。
4ピースバンドが続いていくことって、すごいことなんだなあ。
この本が出版された頃(2007年)、メンバーは40歳。
あれからまた8年が経った。
50を間近にして、2015年に「雪風」を出したが、あれも素晴らしかった。
今、これを書きながら、「さざなみCD」や、「スーベニア」を聴いている。

 俺がギターを始めたのは中学二年のとき。曲作りにはその頃から興味があって、高校一年の時にはオリジナル曲らしきものができあがった。(p9)


プロデューサーとの関係でも、タイアップでも、刺激を受けながら、スピッツは成長してきたのだなあ。

時には、レコード会社に裏切られることもある。
それも、華麗に乗り越えながら、やってきた。(『RECYCLE』)

 俺たちバンドをやっているミュージシャンにとって、いいことは、基本的には二つしかない。
 一つはツアーができること。もう一つは、メンバー全員が納得してアルバムを作って、それを世に出せること。その二つの繰り返しだ。それを飽きもせず、ずっとできてきたことは本当に幸せなことだ。(p311)
posted by B&M at 23:34| Comment(0) | TrackBack(0) | エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

0916『トッキュウジャーかぞく』

★1
トッキュウジャーかぞく (講談社の創作絵本) -
トッキュウジャーかぞく (講談社の創作絵本) - のぶみ

最悪だ。
家族で行くのはシアターGロッソ。
絵本でおもちゃのヒーローものの宣伝。

そう思った僕は、ヒーロー戦隊も金吊るで、子どもたちを騙して金を稼いでいると思っている。
諸富祥彦さんも『男の子の育て方』の第5章「「遊び」が人生のすべてを教えてくれる」にも書いてあったが、戦いごっこは仲間意識や正義意識を与えてくれる。
貴重な産業、分野、登竜門のひとつだ。

確かに金がかかる分野だが、それにはまっていたことがある僕は、子どもを否定できない。
昔我が子を鬼鬼教育で、『ママはテンパリスト』ではないが、屋外では鬼が闊歩していると思わせてコントロールしたことがある。
サンタクロースじゃないが、水木しげるの祖母じゃないが、実在しないものを実在するかのように思わせることは罪かどうかは別として、そういうものがいる、と思い込ませた時期がある。
その贖罪に、どうしても、ヒーローモノは必要だったと考えている。

そして、テレビ、スマホの映像ニュータイプベイビーたちが、こういう絵本をきっかけに、絵本の世界に入ってきてくれるなら、それもよい機会じゃろうてと思った。

「はると、ママ しんじてるわよ。
 すごい えと、しゅりけん、いつも できるもんね。
 いま、すこし ドキドキしちゃってるだけだもんね。」


でも星1つなのは、物語が紋切り型で、どうしても枠を出られないなあと思ったからだ。
他にも仮面ライダーとかニンニンジャーとかのこのシリーズの絵本もあるらしいが、そちらも見てみたい。

「トッキュウジャーかぞく さんじょう!」
「ママが てつやで つくったのよ♥」「パパ、おなか でてるぞ!」
「あんれま! ババちゃんのだけ、なぜか、トッキュウオー!いや、ババちゃんオーよ!?」


設定だが、パパ、ママ、息子、ばーちゃん、犬。
パパはメタボで、ママはボイン。ばーちゃん入れ歯。
パパのおならはくさい。
posted by B&M at 22:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 絵本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

0915『だるまちゃんととらのこちゃん』

★★★★4
だるまちゃんととらのこちゃん (こどものとも傑作集) -
だるまちゃんととらのこちゃん (こどものとも傑作集) - 加古里子

だるまちゃんはいろんな子と遊ぶ。
今回はとらのこちゃんと街をペンキの色で染めていく。
で、ときには・・・

「こんな とおりで なにをしているんだ?
なになに もようを かいて あそんでいたんだと。
ふふん、それが おもしろかったのか。
それで、わしの くるまにも ぬろうとしていたんだな。
え? なんだって! まちがって つけてしまったんだって!
へえー! あめが ふれば もとどおりになると いうのかい!」


と怒られてしまったり。(このくだり、自読みする子どもも面白いと思う。)
まあ、このあとは、現代のモンスターなんとかみたいにじゃなく、あたたかな展開が待っているのですが。

 そこで、みんなも、えっさか ほっさか
てつだって、きれいな いろを ぬりました。


言葉遣いも絵本的。ほめてます。美しい。

「さあさあ おつかれ、ごくろうさん」
みんなは そこで からだを きれいにして
おいしい おちゃを のみました。
おいしい おやつも たべました。


ほらほら、子ども心におやつやおちゃの時間になりそうでしょう?
posted by B&M at 22:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 絵本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

0914『頭がいい人、悪い人の話し方』

★1
頭がいい人、悪い人の話し方 (PHP新書) -
頭がいい人、悪い人の話し方 (PHP新書) - 樋口裕一

「頭がいい人」に関する本を、2度投稿したことがある。
0147『頭がいい人の時間術』と、
0272『頭がいい人の習慣術 [実践ドリル版]』である。

僕は、「頭がいい人」になりたいのだろうか?
頭がいい。
スマート。
クレバー。

今年の僕の目標のひとつに、「知的になる」ということがある。
「知的」とは、知識的であるということ、だけではない。
情報や知識をたくさんもっている、いわゆる博学な、暗記過多な、知ったかぶりも含めた辞書的な人間、というだけではない。
パターンが理論に昇華された知識というか、
情報量で隠された裏側が見通せるというか、
ともかく「オトナ」になりたいのだと思う。
落ち着きたいのだと思う。
いろいろな事象を上手に操られることなく操り、まな板に乗せ、うまく調理する。
そういう意味での「頭がいい人」になりたいと思う。
この本は、そういう「頭がいい人」になるための、話し方講座の本だろう。

そういうことを学ぶと、コミュニケーション萎縮になると思う。
こういう話し方は嫌われる。
こういう話し方はダメだ。
こういう話し方は頭が悪い。
そんなに否定ばかりしなくてもいいじゃない。
どんなだっていいじゃない?

いやいや、どんなだっていいじゃない?には、「美しさ」がない。
「美しい」には、「美しくない」が必要。
では、どんなことが「美しい」のか?
考える必要が、ある。

で、何が頭がよくない話し方か、ということを考えるレッスンが、本書だと思う。
なるほど、話し方というのは、コミュニケーションする人間にとって、日常茶飯事なことで、昔、人は見た目が9割といわれていたが、話し方だって見た目のうちだ。
ただそれは、上っ面のうちであって、内面ではないが。

内面がにじみ出る、内面が大事だ、という時代から遠く離れた気がする。
結局、何がウソで、何がホントウなのかなんて、わからないし、それを確かめる時間もない時代になってしまったからだろうか。
内面を磨いてから、なんてことができない時代になったのだと思う。

まあ、話し方、外見を気にしているうちに、内面も変わるとは、教育現場では多々語られることで、例えば、悪ん坊には掃除をさせて、道端のニンジンや雑草を抜かせて、そうして美しく変わった景色があなたのほんとうの心だよと諭すことがある。
トイレのスリッパや、靴箱の上履きをきれいに整えることから、荒れが収まっていくという話も聞く。

なるほど、外面から入って内面に至ることだってあるだろう。
さすれば、話し方から正していくのもいいんじゃない?
そうして、頭がいい人になっていくことも。

表面的に愚かに見えないように注意するうち、実際に知的になってくるということだ。(プロローグ)


ただ、困ったことに、そうして身に付けた頭のよさが、外面だけなのか、内面に至ったものなのか、ジャッジすることは、なかなか難しい。
なんかそういうコンテストやテストみたいなのがあればいいのだけれど、今現在、内面の美しさや美徳とかなんとかは、いったいどこに模範解答があるのだろう?

話をちょっともとに戻す。
この本は、こういう話し方はしないようにしよう、というところからはじまるので、読了する頃には、あれもだめ、これもだめ、と、コミュニケーション萎縮になる可能性もある。
頭のいい人というのは、不自由な人なのかなあ。

現代では、恋愛がとても高度なスキルのひとつになっているという。
恋愛の幻想や、理想の形や、トレンドが多岐に渡り、難しくなっており、従って、恋愛をするというだけで、ひとつの巨大なミッションになっている。
進学や、スポーツや、語学や、試験や、資格や、趣味など、人生においてミッションは数多くあり、それぞれに歴史と最新情報が存在する。
それらを一個の人間の個体が把握し、うまく立ち振る舞うのはなかなかに難しい。
そうして、恋愛から降りる若者がいるんだそうな。

若者は人生勉強のために恋愛をすべきだろう、と思う。
一人の興味を持った人間について、ああでもない、こうでもないと考えること自体が、コミュニケーション力を高くする、と思う。
ただ、その時に、不自由を膨大に強要する相手とは、やりにくいし、恋愛は、自分を殺してまでするものでもないと思う。

ところで、本当に頭のいい人は、あるいは他人の反応まで読んで、コミュニケーションするかもしれない。
他人が気に障ったり、怒ったり、悲しんだりするコミュニケーション方法をとって、その人を右往左往させて、それを冷淡に見ているかもしれない。
本書は、逆に、悪い人になるための話し方を学ぶ本でもあるかもしれない。
そんな使い方はしてほしくないけれど。

コミュニケーションはさもしい、と言ったのは村上龍だったか。
上司の話し方を嗤い、あるいは上司が部下の信頼を勝ち得るために自分の話し方を省みる、
そういうための本だった。

この頃、「コミュニケーションは政治だ」という言葉がつかえて飲み込めないでいる。
人が人を利用するための。

何も言わなくても、何も求めなくても、ただお互いそばにいれる、そんなのもいいね。

・・・あなたちょっと、人間に疲れてない?

死ぬ時は結局何も持てないんだから、生きている間に持っとこうよ、と言ったのはRadwimpsだったか。
さしずめ、生きている間にたくさんしゃべっとこうよ、口滑らしとこうよ、たくさん反省しとこうよ、というところか。

「頭のいい」悟りを開かれた方々も、さんざんさわぎまわったあとで、静かに、収まるところに収まるみたいだし。
例示:ブッダ、ジョブズ。

人徳のある人になりたい。
人徳があって、知的で、そういう人になりたい。
なれないから、そういう人の話し方を真似だけでもしたい。
そういう頭のいい人になりたい。
この本には僕の理想とする明快な答えは載っていなかったが、そういうものを求めるのは「頭のいい人」のすることではない。
自分が目指す頭がいい人になりたい、なろう、なっていきましょう。
posted by B&M at 22:33| Comment(0) | TrackBack(0) | ビジネス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする