2015年03月08日

0881『凡人として生きるということ』

★★★★★5
凡人として生きるということ (幻冬舎新書) -
凡人として生きるということ (幻冬舎新書) - 押井守

 自由とは、「生き方の幅」と、とらえ直してもいいかもしれない。人間、幅がある方が自由に決まっている。(p48)


カテゴリーを何にするか迷ったが、「哲学」にした。
人生哲学っていうもんね。

する寄る子犬を抱きかかえよ(p61)


凡人ってなんだ。
天才ではない。
社会の95%の凡人として、
オヤジとして、
不自由な人として、
コミュニケーション下手として、
オタクとして生きる、ということ。
それぞれの詳細は、章立てて書かれているので、そちらを読んでいただきたい。
この本は、凡人、というキーワードをもとに語られた、氏のいろいろな意見、エッセイともいえる。
ただ、奥さんには「私はアニメの演出家と結婚したが、文化人と結婚したつもりはない」なんて言われてしまうようだけれど。

押井氏自身が凡人かどうか、ということは、本書を読む際に重要なことではないだろうが、押井氏は、自らを天才ではなく、凡人であり、「よく映画を見て、それらをノートに記していた努力の人だ」という風に書いていた。
しかし、「アニメは95%の凡人の労働によって成立している」というようなことも書いていて、この場合、それらを統率する「非凡」な人は、押井氏自身である。
「作品は、9割以上の凡作の中から、秀作が生まれる」とも書いていた。押井氏の作品が凡作か天才的作品かは評価の別れるところだろう。僕は少なくとも、『イノセンス』や『攻殻機動隊 Ghost in the shell』などは天才的な作品だと思う。

人は誰しも、自分が特別だ、と思って生きている。
少なくとも、基本的に主観しか持ちえない孤独な人間にとって、自分は常に特別だ。
しかし、時として、才能のない自分は、凡百な人類のひとりに過ぎない、と思う。
この本には、そういう、社会に生きるオトナのひとりになるためのヒントが書かれてあるような気がする。

何はともあれ、村上龍氏のエッセイのような、鋭く、テンポのいい本で、一気に読めてしまった。
オススメの一冊。

 本当にろくでもない時代が訪れたものだ。こんな時代には、いくらか斜に構えて、いい加減に生きるぐらいしか、僕らには有効な手立てはないように思う。そんなふうに思ったことが、本書を著すきっかけだった。(p177)
posted by B&M at 20:34 | Comment(0) | TrackBack(0) | 哲学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする