2009年04月03日

0418『教養脳を磨く!』

★★★3
教養脳を磨く!
エヌティティ出版
発売日:2009-03-23
発送時期:在庫あり。
ランキング:2210
おすすめ度:3.0
おすすめ度3 本当の教養力をもつこと


イギリス、ケンブリッジで学んで「知のカルチャーショック」を受けた二人が、日本の教養について語り合う、対談本。
日本のアカデミズムとか、そういう大きなことはわからないけれど、自分自身の感覚として、日本人の教養、というか私自身の教養のなさから興味が湧いて読んでみた。

日本人としてのアイデンティティを持ち得ていないとすると、きっと劣等感を抱いたり、向こうに押される一方になってしまうんじゃないかと思うんです。(…)だから年端のいかない子供に英語を教えて得意がっている輩なんていうのは、相当頭が悪いぞと思っているわけなんです。(p52)

私の職業である。
かなり響いた。

ケンブリッジの医学部そのものの入試はどんなものかというと、面接が三回あって、しかも一回の面接が一人に対して二時間ずつなんです。(…)一人ひとりに対して全部質問が違うらしくて、息子は「凍っている湖でアヒルが泳いでいる時に、なぜアヒルの脚は凍らないのか説明しろ」(…)それでだんだん、だんだんと正解に誘導していく。その考察の過程を見ているわけなんですね。そういう真剣勝負の面接を三回もやられると、チョコザイな知恵では到底太刀打ちできないですね。(p146)

ケンブリッジの面接官は、要は我々の人生なのだろう。
我々は日々、問われているのだ。
そのとき、チョコザイな知恵、教養では、だめなのだ・・・。

posted by B&M at 07:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月01日

0417『無趣味のすすめ』

★★★★4
無趣味のすすめ
幻冬舎
発売日:2009-03-26
発送時期:在庫あり。
ランキング:15
おすすめ度:3.5
おすすめ度1 致命的な偏り
おすすめ度3 龍ちゃん
おすすめ度3 (悲しいが)長年のファンには力の衰えを感じさせる作品。
おすすめ度3 才能を浪費する天才
おすすめ度4 村上ファンにはたまらないかも


雑誌『ゲーテ』に連載された村上龍氏のエッセイをまとめたもの。
一遍は原稿用紙2枚分ほど。
字が大きく、読みやすい。(つまり、中身は見た目より少ない。)
文字の量と価値は比例しないが、龍氏のエッセイは、僕にとって1200円の価値はある。

 だからビジネスシーンに限らず、学生でも小説家でも、どんな職業の人でも、読書をするかしないかが問題ではなく、どんな情報を自分は必要としているのかを自分で把握できるかどうかが問題である自分は今どんな情報を必要としているのか、それを性格に把握するのは簡単ではない。(p92-93)

 まず、仕事でもプライベートでも、やるべきことがない人、またやるべきことを自身で把握できていない人は、スケジュールもへったくれもない。(p116-117)

この人の主張は、「個人」に関しては一貫している。
それは、国家とか大衆とか世間とか世論とか時代とかに流されたり、「みんな」にあわせたり、「集団」に属したりすることを嫌えということだ。
確かにそれは、自分を発見したり、自分を確立したりするには重要なことだ。

先日、ある聡明な知人から、「あなたには自分というもの、自分の価値観というものがない」というようなことを言われた。
確かにそうかもしれない、と思った。
今の僕には、外の部活で花粉症になったつらさをなんとかしたいということとか、その花粉症のくしゃみでなった軽いぎっくり腰とか、iPhoneの動向とか、もうそんなことにしか実は興味がないのではないか。
そんなどうでもいいことに気を取られているばかりでは、そのうちきっと後悔する日が来るだろう。
若いうちにきちんと考えておくべきこととか、勉強しておくべきこと、苦労しておくべきことというのは存在するのだ、と、薄々感づいてはいる。

「叱り方がわからない」と言えば聞こえがいいが、「教え方がわからない」と言い直すと、その上司はコミュニケーション能力がない、つまりただのバカ、ということになる。(p152)

上記の言葉は、「語学の必要性」という章と一緒に、教師としての自分に強く問いかけてきた。
僕は子どもたちに怒鳴ったりすることはできるが、果たしてほんとうに教え方がわかっているのだろうか?
子どもたちとコミュニケーションがとれているのだろうか?

そもそも農耕が始まり国家が生まれてから、ゆとりを持って生きることができた人は一パーセントもいない。(p160)

 わたしたちは大きなジレンマを抱えてしまった。消費者の立場では「王様」と呼ばれるが、労働者の立場では、一部のスペシャリストを除いて、消耗品となりつつあり、働きがいは失われつつあって、肝心の消費も縮小している。(…)とりあえず、自分は労働者としての生きがいを感じているのか、それとも消費者としての生きがいしかないのか、一度考えてみてはどうだろうか。(p178-179)

非常に難しい時代になってきている。
この本の帯は、「大転換期を生きる人の必携・箴言集。」となっている。
とりあえず僕にとっては、それなりの効果がある。
村上龍氏とは、そういう作家だ。

posted by B&M at 19:55| Comment(0) | TrackBack(0) | エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。